元Jリーガーのメッセージ 「いつどこで誰が見ているかわからない。チャンスは突然降り掛かってくる。だから常に全力でプレーせよ」

本日公開したアスリートストーリーズの公式ブログでは、「スポーツに真剣に打ち込むアスリートとその指導者の方たちに、有益な情報を発信する」ことを目的としています。

現役のアスリート、元プロの選手、選手を支える指導者、医療や体調管理等のその道の専門家の方々からお聞きした、他ではちょっと聞けない話を書いていきますよ。


中嶋譲さん

今回は、1999年から2001年まで鹿島アントラーズに所属した元Jリーガー、中嶋 譲(なかじま じょう)さんに取材させていただき、「プロになれたターニングポイント」、「プロになった後にはどんな生活が待っているのか」、「成功する人とそうでない人の差」、「当時もっともうまかった選手は誰か」等、強烈に興味深いお話を伺うことができました。

※現在は特定非営利活動法人エバースポーツ「FC Gois(エフシーゴイス)」の監督を努めていらっしゃいます。

その世界まで登り詰めないと見えない景色って、あるんですね・・・。

プロの生活ってどんなの?

けっこう自由時間が多くって、いわゆる会社員よりもはるかにプライベート時間は確保できます。日曜に練習があって月曜はオフ、火曜からフィジカルを戻して水木で週末の試合にむけた実践練習、金曜は軽めの調整で試合に備えるってのが流れです。練習がある日でも、丸々1日はしないですし、午前練習だけだと午後はフリー。家族と過ごしてもいいし、読書してもいいし、遊んでてもいいし、お酒を飲んでもOK。チーム関係者に干渉されるわけでもありません。所属していた鹿島(アントラーズ)は、田舎だったので、僕は都内に遊びに行くよりは、地元にいることが多かったですね。


プロを目指している中で一番うまいと思った選手は?

鹿島のレオナルドです。当時の現役ブラジル代表(セレソン)なので群を抜いてうまいのは当然なんですが、「なぜそのキックであんな回転がかけられるの?」、「いったいいくつキックの種類を持っているの?」と舌を巻きました。

レオナルドやジョルジーニョといったクラスの選手はJリーグにはなかったキックをじつは輸入しているんですよ。

たとえばサイドチェンジのロングパス。当時、日本人選手のサイドチェンジは山なりのふわ〜っとした球種しか蹴れなかったんです。それをセレソンクラスの選手は強いキックでライナー性の球を蹴りました。一直線にズドンと飛んで行くので、瞬時にボールを逆サイドに運べてしまう。「そのキックを、ここで使うのか!」と驚き、チームでマネをする選手が現れ、やがてJリーグ内に浸透していきました。今では当たり前に使われている球種ですが、キッカケは外国人選手だったんです。

中嶋譲さん
レオナルド
ブラジル人サッカー選手。フラメンゴ、鹿島アントラーズ、ACミランなどでプレー。ブラジル代表の一員として、1994年、1998年と2度のワールドカップに出場し、優勝と準優勝を1度ずつ経験した。2011年までインテル・ミラノの監督を務めた。端正なルックスと華麗なプレー、国際経験の豊富さから、ブラジル、日本、イタリア(特にACミランサポーター)で高い人気を誇る。ブラジルの英雄アイルトン・セナに似ていることもあり、日本では貴公子、レオ様とも呼ばれる。
<引用元 ウィキペディア>
ジョルジーニョ
ブラジル出身の元同国代表サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは右サイドバック、ボランチ。
<引用元 ウィキペディア>

プロ意識が一番高いと思った選手はだれ?

チーム(鹿島アントラーズ)内屈指のプロ精神があったのは、サントスです。清水エスパルスでもプレーしたブラジル人選手で、41歳まで現役だった選手です。とにかくトレーニングに真剣に取り組み、サボらない。妥協しない。それに、誰に対しても腰が低く丁寧で、人間性も尊敬できる人格者でしたね。いわゆる陽気なブラジル人ではなくって、物静かで日本人的な性格の人でした。そういった内面も見た上でジーコ(当時の監督)は選手補強をしていたんでしょうね。

サントス
ブラジル・ゴイアス州出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはMF(ボランチ)。Jリーグでは41歳まで現役を続けた。これは2009年に三浦知良に塗り替えられるまでJリーグ最年長の記録だった。世界的に見てもプロサッカー選手が40歳を過ぎて現役を続けるというのは非常に稀であるため「鉄人」と呼ばれることもあった。
<引用元 ウィキペディア>

新人研修で言われた、忘れられない言葉

Jリーグに入ると、新人研修というものを受けさせられます。講師には「君たちは、ものすごい競争を勝ち上がってきた選手たちなんだ。喩え話でも何でもなく、東京大学に合格するよりも確率的には難度が高い競争だ。プロになれたことを誇りに思いなさい」と言われたことを覚えています。

プロになれたターニングポイント

FC Gois

一度、高校の時に「トップチームには上げられない(=プロは無理)」って言われたことがあります。理由はケガが多すぎて、プレーしていない期間が長かったから。「プロになる」と信じてやってきたので落ち込みはしたんですが、それを言い渡された直後に人生を変える出来事があったんです。

この出来事の後、天皇杯の茨城県予選(準決勝)があって、その試合にユースのチームで出場しました。で、偶然にも鹿島のトップチームに就任する監督が「中嶋という面白い選手がいるらしい」と聞かされて見学に来てくれていたんです。トップの監督がわざわざユースの試合に出向いてくれるなんて、滅多にないことです。そのことを僕は当然知らなかったんですが、手を抜かずにプレーして得点もあげることができました。

試合後、新監督に紹介されました。チーム関係者に紹介されるまでは、「見たこと無いオッサンだな。誰だろう?」って思ったくらいでした(笑)。その場で、「お前はケガが多かったかもしれないが、いいものを持っている。お前をトップチームに連れて行く」と言われたんです。

このチャンスをモノにできたから、僕はプロになれたんです。だから教え子にいつも言うんです、「いつ、どこで、誰が君のプレーを見ているかわからないよ。チャンスは突然降り掛かってくるものだよ。だから常に全力でプレーしなさい」と。



プロになれる人となれない人、何が違う?どんな資質を持っている?

ナルシシストであるかどうかはとても重要です(笑)。冗談ではなく、僕がプロになれたのは「ナルシシストだったから」という要素が強い。プロになる選手って、例外なく自分のことが大好きで、自分に関心を持っているんです。

辛い練習を、ただ辛い、つまらないとは考えなくって、「こんなハードなトレーニングを夜遅くまで、人が見ていない場所で積んでいるオレ、ストイックでかっこいい!」と自己陶酔できるんですよ。大なり小なり、プロになる連中はこういう資質を持ってますね。

僕はユース経由でJの下部組織に入りましたけど、中学までは強豪でもなんでもない普通の中学校でプレーしていましたよ。強豪校にいないと目立たないとか、スカウトの目に留まらないという考え方は間違いではないですが、それがすべてじゃない。どんなチームに所属しているかとか、レベルがどうだとか、指導者に恵まれないとかはサブ的要素で、あくまで大切なのは自分自身。自分の行動と強い気持ち次第で、いくらでも道は切り拓けると思います。



テクニックがあっても、プロになれない理由

他人からどう思われているかを気にせず、自分のことだけに集中できる能力って大事ですね。試合前の対戦相手を見てビビるなんてこと、なかったです。それよりも、「オレを見ろ」って思ってました。向こうがこっちを見て研究してくるって時点で、僕は敵の一歩先を進んでいるってことですから。

人に惑わされず、やるべきことをやる。競技技術の上手い下手ももちろん関係ありますが、ハートが弱い選手はいっくらテクニックが抜きん出ていても、プロには到達できないです。

成功する人に共通しているのは、「簡単に満足しない」こと。目標を達成しても立ち止まらない。次の目標をすぐさま設定しなおし、常に高みを目指します。そういう努力を継続できる人は、高い確率で成功すると思います。

FC Gois


プロになれたことで満足してしまう選手、通過点としてしか見ていない選手

プロになれることはすごいことですが、プロで居続けるのはさらなる努力を要します。僕がプロになった1999年は70人ほどの新人がJリーグの門をくぐりました。前評判は高かったけど数年で解雇される選手もいれば、技術的には平凡なのに長きにわたって現役でいられる選手もいます。それを分ける要因は当然1つじゃないですけど、強いて挙げるなら、プロになること自体を目標としているか、なってからの先に目標を置いているか、の差じゃないですかね。


息の長い選手の心がけ

プロになれたことで満足しちゃう選手も居るんです。地元に帰ればそれなりにチヤホヤされるし、雑誌取材を受けて特別な人間になった気になってしまう。反対に息の長い選手は、プロになれたことは通過点の1つとしか見ていなくって、プロになった後の目標をしっかりと見据えていますね。サッカーの技術がどうこうのレベルではなく、心構えや人間性のほうがよほど大切。

新人研修でスティーブン・コヴィーの「7つの習慣」が全員に1冊づつ配布されました。「なんだこんなもん」って捨ててしまう選手もいたし、大切に保管している選手もいました。データは取っていないですが、書籍からも学ぼうとする選手は、(現役としての)生き残こる確率が高かった印象があります。


以上、元Jリーガーからのメッセージでした。

お話をしている中で印象的だったのが、"プロになれたらいいな"なんて考えなかった。絶対になるって決めていた」というセリフです。断固たる決意をお持ちだったんですね。プロで飯を食うということがどんなことか、少しでも伝われば幸いです