「足が速い人は、笑いながら走れます」 元陸上オリンピック選手、渡邉高博さん

人生の中で、「走ることの基礎を教わった」という方は極めて少数派ではないかと思います。

小学校の体育や運動会でかけっこはしても、「こうやって走りなさい」と指導してくれた先生はあまりいないはず。どんな姿勢で、どこに力を加えるべきなのか?腕の振り方は?脚の角度は?使い方は?などなど、よく考えてみれば走る行為はほとんどの人が独学なんですよね。

東京世界陸上(1991年)やバルセロナオリンピック(1992年)に出場した、陸上の元オリンピック選手であり、現在は渡高株式会社(http://www.watataka.com/)の代表でいらっしゃる渡邉高博さんに、「正しい走り方」や「よくある誤解と勘違い」について伺ってきました。


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これまで、どんな種目のプロアスリートに指導されたのですか?

プロ野球選手やJリーガーの走りを指導したことがあります。トップレベルのアスリートであっても、走りの専門家からすると、きちんと走れておらず、無駄があるものです。

走りを改善したがるアスリートは、どんなことを求めているのしょう?

競技によりけりですが、30メートルのスプリントをもっと速く、というリクエストよりも「最初の出足の2〜3歩が速くなりたい」の方が多いです。たとえばサッカー選手などがそうですね。単純な足の速さではなく、数メートルをいかに速く移動するか。走りを改善してドリブルに活かす、とかですね。

Jリーガーでさえ正しく走れていない選手がいるのは意外な気もします

うまく走れる選手は、走りにも無駄がなくって、蹴った蹴り足をそのまま使って走ることができるんですが、そうでない選手は動作が切れるといいますか、動作と動作の間に間が生じるのです。コンマ何秒でしかないですが、トップアスリートの世界では、そこで差がつくわけです。

腕をいっぱい振って、太ももを高く上げれば、速く走れますか?

いえ、速く走る人は、結果的に「腕を振る」「足が上がる」ができていますが、形から入れば速く走れるかというとそれは別。腕振りと足上げはあくまで結果であって、動作自体が目標ではありません。

小学校の頃、腕を振って太ももを上げて走れと指導された記憶があります

地面を蹴って身体を推進させるのであって、空中でいくらもがいても意味が無いですよね?
空中ではむしろ身体をリラックスさせなれればいけません。大切なのは姿勢です。
私のキャリアの中でも数えるほどしか味わっていませんが、最高のパフォーマンスができるときって、地面からの衝撃が背骨を通って頭のてっぺんをキレイに抜けていくんです。姿勢が少しでもズレてしまうと、地面からのパワーが逃げてしまうのです。
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走ることに関して、よくある勘違いはありますか?

地面を足の裏で掻くように走ると速くなるって考えは、よくある誤解でしょう。 身体を前に倒す姿勢と、脚の衝撃を推進力にする、前傾になれば自然と身体は前に進みます。

速く走るために必要な要素ってなんでしょう?

根性や気合では速くなれません(笑)。走るとは科学です。あるべきフォーム、力、四肢の使い方で神経を学習させるんです。カンタンに言いますと、脚で地面を蹴り、「地面の反発」を利用して身体を前に推進させていきます。厳しく追い込めばいいということでもなく、鉄拳制裁などもってのほか。

世界最速のウサイン・ボルトは、完璧なフォームで走っているのですか?

彼のような超一流は、ナチュラルによいフォームで走っていますね。
持って生まれた才能もあると思います。でも、日本人のスプリンターのほうがフォーム自体はキレイだったりしますよ。単純な足上げや腕振りは、日本人ってけっこう上手なんです(笑)。
日本人がしているような足上げと腕振りをボルトにさせれば、もっと速くなるかというと、これまた違うんですね。そういう単純な話でもないんです。

指導の際は、どんなことに注意していますか?

"動作と動作の間に生じる、ほんの少しの間"の間隔をいかに狭めていくかに腐心します。あとは姿勢。完全に静止した状態ではダメで、外から見ると静止しているけれど、背骨はリラックスっして、風を受ければ身体がなびく程度に柔らかさを保つのが大事。
この状態だと、身体がさっと動きます。完全に静止すると、筋肉が緊張してしまい、素早い動作ができないんですね。サッカーのGKはどっしりとかかとを下ろして止まるのではなく、細かに微振動している方がスムーズに動けるのと同じ理屈です。
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※肩のストレッチを実演する渡邉さん

正しい走りは、子供の頃に身につけておくべきですか?

小学4年生までに身につけておくのがよいでしょう。それ以上の年齢になってから矯正しようとすると、大変な苦労が伴います。スポーツにおける苦労が無意味であるという意味ではなく、正しい情報や知識はなるべく早めに習得したほうが単純によいという話です。
ランニングのクリニックを開いたり、ランニングクラブで子どもたちには指導していますよ。
http://www.watataka.com/%E6%96%BD%E8%A8%AD-%E6%B4%BB%E5%8B%95%E5%A0%B4%E6%89%80/

速く走るコツってあるんでしょうか?

冒頭でもお話したとおり、根性や頑張りでは速くなれません。あれはただの自己満ですね。
私が選手によく言うのは、「速い人は笑って走れるよ」です。

笑いながら走る...?どういう意味でしょう?

速く走れる人は、歯を食いしばったり、力んで走っていないんです。
笑うというのは極端ですが、仏様のようにリラックスした表情で走れるものです。
ニュアンスが難しいですが、これは決して手を抜けばいいとか、ヘラヘラしろという意味ではないですよ。

そのことには、いつ気がついたのですか?

引退してからです。現役時代は鬼のような形相で必死になって戦っていました。僕がオリンピックで勝てなかった理由は、おそらく「頑張って走ってしまったため」だと思っています。このことにもっと早く気付けていれば、結果はまた違ったかもしれませんね(笑)。
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<取材協力>
渡高株式会社(WATATAKA Corpration)http://www.watataka.com/
代表 渡邉高博さん
1970年愛媛県生まれ。早稲田大学人間科学部スポーツ科学科バイオメカニクス専攻卒。
短距離(400m)選手として、東京世界陸上(1991年)やバルセロナオリンピック(1992年)に出場。
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